2015年02月11日

佐賀統一教会文鮮明師の生涯路程シリーズ「監獄での受難

統一教会創始者・文鮮明師の生涯路程シリーズ「監獄での受難」をYouTubeにアップしました。
 北朝鮮での伝道活動から興南監獄の歩みまでを描いています。ぜひご覧ください。

posted by 道はあるある at 14:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 文鮮明師の歩まれた道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月27日

イエス様の悲しみ

イエス様は死人を葬るのは死人にまかせておくがよいと言われました。

最初の死人は肉体の生命が亡くなった死を意味します。

後の死人は「霊的な生命」を意味します。

つまり神様の愛の中に生きていない人を指してイエス様は「死人」と

言われたのです。

私たちには「神様(天の父母様)のみ旨」があります。

それは統一原理では「神様の創造目的の完成」と言うものです。

宇宙と人間を創造された「創造の目的」です。

即ち 地上天国と天上天国の実現です。

人類歴史は誰がどうみても「悲惨」そのものではありませんか。

そして現在の世界を見ても地獄です。世界に平和はありません。

この瞬間も殺戮が絶え間なくどこかで行われているのです。

紛争・戦争・虐殺・殺人・飢餓・憎しみ・恨み・ねたみ・差別・強姦・暴力・いじめ・
個人から家庭、親族、地域、社会、国内、宗教対立、宗教戦争、
もうあれげば切りがありません。



だから地上は地獄です。地獄で死ねば天上も地獄です。

神様は「人間創造の父母です」から、この人類を完全に救いたいのです。

罪を犯し、親の前から去って行ってしまった子供をもう一度

その胸に強く抱きしめたいのです。

だから2000年前にイエス様を選民の中に送られたのです。

しかし、イエス様は洗礼ヨハネに否認され、弟子のユダには銀貨30枚で祭司長や律法学者

売られてしまいました。さらにペテロまでが「私はあの人を知らない」と三度も否認して

しまい。すべての基台を失ってしまい、それでも再臨への道を開くために「十字架の道」を

行かれたのです。

イエス様の悲しみはイエス様個人の悲しみのために泣かれたのではありません。

父母である親である「神様、天の父母様の心情を想い」悲しまれたのです。

統一原理は再臨主・人類の真の父母様が明らかにしてくださった神様のみ旨です。

宗教を超えた「真理」です。ぜひ統一原理のみ言に触れて学んでくださるよう

祈るものです。

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posted by 道はあるある at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 統一原理との出会い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月08日

神様との平和が必要です。「平和」を最も願う文鮮明先生

 「世の中に蔓延した利己主義は、その個人を滅ぼすだけでなく、他の人と民族の発展までも阻害してしまいます。人間の心の中にある貪欲さが平和世界に進む道において、最も大きな障害物になるのです。個人の貪欲さが民族の貪欲さに拡大し、貪欲さに染まった心が、人と人、民族と民族の間に分裂と紛争を引き起こします。歴史上、貪欲さのために起きた紛争によって、大勢の人たちが血を流して死んでいきました。

このような紛争をなくそうとすれば、世の中に流布する誤った価値観と思想を帰る一大革命が起きなければなりません。私たちの社会の糸束のように絡まった複雑な諸問題は、そのような革命が起きれば、あっという間に解決されます。人と人が、民族と民族が、まず愛で相手に配慮し、協力すれば、現代社会の諸問題はことごとく解決するでしょう。

私は生涯、平和のために身を捧げてきました。「平和」という言葉を思い起こすだけで、今も喉が締め付けられて食べ物が通らず、目頭が熱くなります。世界が一つとなって平和を享受する、その日を思い描いてみるだけでも、これ以上ない感動があります。平和とはそのようなものです。

思想が違い、人種が違い、言葉が違う人たちを一つに連結することです。そのような世界を慕い、願う心です。平和は具体的な行動であって、漠然とした夢ではありません。

これまで平和運動に取り組んできたことは、簡単なことではありませんでした。苦難も多く、お金もたくさんかかりました。しかし、個人の名誉のためにしたのではありません。お金を稼ごうとしたわけでもありません。すべての国・地域の人々に警告し、本当に平和が宿った世界が実現するよう、全力を尽くしただけです。この活動をしている間、私は孤独ではありませんでした。世の中の人たちの願うことが、結局はすべて平和に帰着するからです。しかし、不思議なものです。ありとあらゆる人がそれほど願っているのに、平和はいまだに訪れていないのです。

平和を語るのは簡単です。しかし、平和を呼び込むのは簡単ではありません。人々が、平和な世界を築く際に最も必要とされる真理を避けて、知らないふりをするからです。人との平和、民族間の平和を語る前に、私たちは神との平和を語らなければなりません」(文鮮明師自叙伝248頁より)

すべての人々が平和を願っているのに平和が来ないのが現実の世界です。
この原因は一体何なのか?

文鮮明先生は「人との平和、民族間の平和を語る前に、私たちは神との平和を語らなければなりません」と
自叙伝の中で語られています。

人間はどう見ても別人種ではありません。どこの民族、人種を見ても、全く同じです。
医学的に科学的にも人間は同じ先祖から出発していると断言出来るでしょう。
だから共通民族共通人種です。神様さえ親であると明確に説明できれば、良いのでは
ないでしょうか。

私たち統一教会ではお互いを「食口」と呼び合います。これは韓国では家族という
意味です。食口には日本人も韓国人も中国人も白人も黒人も何の壁もありません。

神様(天の父母様)が共通の父母であり、真の父母様(文鮮明師・韓鶴子総裁)が
共通の父母様です。真理を求め、平和を真剣に求めるなら統一原理を学んで見てください。

文鮮明師自叙伝「平和を愛する世界人として」







posted by 道はあるある at 20:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 文鮮明先生の自叙伝から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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